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2026/04/17 08:19

世界情勢は不安定で、世の中は世知辛いニュースで溢れかえっています。
しかし、何もコレが今の今に始まった事でも無さそうなその空気感は、どことなく幼少期の頃から漂っていた様にも思えなくもなく、「人生は常に視点を変えれば良くも悪くもなる」と、昔から言われていると言うことは、そういう事では無いのでしょうか?とも思えたりもしますよね。笑。
ちょっと誤解を恐れずに大袈裟な言い方をするとすれば、人間は『楽しい』という気持ちには抗えない様に設計されています。それを証明する何よりの証拠が”釣り”なわけです。
”釣り”の始まりはきっと食べる為のものだったとは思うのですが、それの進化系は”漁”であり、本当に食す為であるとすれば、一本の釣竿で一匹の魚を狙うという行為は、あまりにも効率が悪いわけです。
”釣り”はいつしか娯楽のひとつに成り変わり、読んで字の如く”嗜み”と化して人間の日常に溶け込んできた様にも思えます。なぜ何百年も前から存在していて、そんなにも効率の悪いものが今も無くなっていないのか?
間違いなく『楽しい』からにほかならないでしょう。古い文献や歴史の中にも登場する釣りは、時に哲学的であったり、芸術的観点で見つめられていたりと。一括りに釣りと言えど、例えば”球技”という言葉の中に野球やバスケット、テニスがある様に、釣りにもまた様々なジャンルが存在しており、今も尚それの細分化はまるで宇宙のビッグバンの様に日々広がり続けています。
要するに、人間はその楽しさを今も止める事が出来ていないという事実がわかってしまいますよね。笑。
高度成長期を終え、空白の30年とまで言われてきた日本。インターネット・SNSもまた日々成長と広がりを続けている昨今。どれだけテクノロジーが進歩しようとも、シャッター商店街が広がり古き良きモノが無くなろうとも、『楽しい』という気持ちだけは無くなるはずがない。どんな時代でも釣り人の相手は魚であり、そこに川が流れている限り、海が広がる限り、その"楽しい"という気持ちは無くなるはずが無いのです。人間はどんなに辛く大変な事があっても、必ず『楽しい』と思う事ができる生き物。釣りは、自然との対話であり、時に自分との対話でもあります。魚を釣る事だけが釣りでも無く、それに付随する時間、道具、体験まで含めてが釣りです。釣りだけに限らず、『楽しい』には必ず『好き』という感情もセットになって付いてきます。その組み合わせにはとてつもなく不思議なチカラがあり、あらゆる困難を乗り越えられる原動力になってしまいます。大抵の大人であれば、そんな事は百も承知。そして「好き」と「嫌い」は表裏一体。生きてく上では当たり前すぎる事ではあるのですが、やはり人間である以上、忘れがちになってしまうのもまた当たり前であったり。笑。
そんな気持ちを持続させ、楽しい気持ちで生きていく事は、もしかしたら人生にとっては一つの処方箋になるのかもしれません。だからと言って、『みなさん、釣りをしましょう!』と言うわけでは無くて、何かしらを楽しむキッカケって大事ですよね?って話です。
PEPはルアー釣りをする方々のそんな存在になれた良いなと思うと同時に、釣りをしない人であったとしても共感の得られる共通認識の様なキッカケになれたらなとも思っていたりします。どこか懐かしく、楽しい記憶を呼び起こせる様な、けれども現行品。そんな存在。
皆が皆、全員にとは鼻から思ってはいません。
わかる人に届けば良いと言う考え方のもとやってきてますので。笑。
ただ、こんな時代だからこそ、人はもっと楽しむべきであると思うワケです。
釣りは楽しいです。もっと言えば、釣りに行かずとも、釣れなくても、"釣り"は楽しめる存在です。
歴史が物語っている様に。
わかる人には、わかる。
必要無い人には、全く役に立たない。
PaintEyezPosse.
